2026年カンボジア経済の現状|不動産バブル崩壊・関税・紛争、それでも進出する理由
カンボジアの話をすると、最近は決まってこう聞かれる。「今のカンボジアは大丈夫なのか」と。
そう見えてしまう理由ははっきりしている。詐欺拠点の問題が国際ニュースで繰り返し報じられ、2025年には米国の高関税案が突きつけられ、同じ年の後半にはタイとの国境で大規模な武力衝突まで起きたからだ。外から見れば、不安材料ばかりが並んでいる。
ただ、結論を先に言えば、2026年時点でも「カンボジアで事業をする意味」そのものは消えていない。むしろ今は、傷んだ分野と、まだ十分に戦える分野の差が大きく開いた状態だ。国全体をひとまとめにして「危ない」「もう無理だ」と判断すると、現地の実態をかなり見誤る。
カンボジア経済の現在地
不動産不況は、まだ終わっていない。
今のカンボジア経済を語るなら、2019年から見たほうが流れをつかみやすい。あの年、カンボジア政府はオンラインギャンブルの新規ライセンス停止を打ち出した。中国系カジノ資本で急膨張していたシアヌークビルはそこで冷え込み、その直後にコロナ禍が重なった。中国マネーで回っていた不動産と観光の熱が、一気にしぼんだというのが大きな流れである。(出典元:VietnamPlus「Cambodia stops issuing licences for online gambling businesses」2019年8月19日)
その傷は、金融面にも残ったままだ。直近データでは、不良債権比率は銀行が7.9%、マイクロファイナンス機関が9.0%まで上がっている。日本のバブル崩壊期に主要行の不良債権比率が2002年3月期で8.4%まで上がったことを思えば、経済規模は違っても、金融システムに相応の負荷がかかっていることは読み取れる。(出典元:カンボジア国立銀行(National Bank of Cambodia)「Annual Report 2024」)
加えて、国際通貨基金(IMF)は2025年のカンボジア成長率を4.8%、2026年を4.0%と見込んでいる。2024年の6.0%成長から減速する前提で、外部ショックと内需の弱さが重しになっている。つまり、国内需要だけを当てにする事業には、今もかなり強い逆風が吹いている。(出典元:国際通貨基金(IMF)「Cambodia: 2025 Article IV Consultation」)
今のカンボジアを見るなら、3つの外部ショックを分けて考えるべき
1.詐欺拠点問題は、評判と安全管理に強く効いている
まず大きかったのが、詐欺拠点問題である。フィリピンで「ルフィ」と呼ばれる特殊詐欺グループが話題になったあと、その手の報道はある時期からカンボジアに移っていった。2023年4月には、シアヌークビルを拠点に特殊詐欺に関わった疑いで日本人が拘束され、日本へ移送されたことで、「カンボジアは詐欺拠点の国だ」という印象が日本で一気に強まった。(出典元:Al Jazeera「Cambodia deports 19 Japanese cybercrime scam suspects」2023年4月11日)
これは当然、カンボジアにとって大きなマイナスだった。「そんな怖いところに行きたくない」と感じる人が増えるのは自然な反応で、進出や渡航の判断にも影響したはずだ。ニュースだけを見れば、空港に着いたらそのまま拉致され、詐欺に加担させられる国のように映ってしまっても不思議ではない。
ただ、この点は少し整理して見たほうがいい。私自身の実感としても、現地で複数の関係者から聞く話としても、日本で広がった「空港でいきなり拉致される」というイメージは、実態をそのまま表しているわけではない。少なくとも、日本人が詐欺の加害者側として現地にいるケースの中には、日本国内で高額アルバイトの募集に応じ、自分の意思で渡航しているものがかなり含まれているという理解のほうが、実態に近い。
実際の入口は、「普通の旅行者が街中で無差別に狙われること」ではなく、好条件の仕事や高額案件をうたう勧誘に乗って現地へ入り、そのまま閉じた施設へ取り込まれる構造として見たほうが自然である。現地に入ったあとに「かけ子」として働かされ、ノルマ未達で厳しく扱われ、逃げ出した人が大使館に助けを求める。そうした流れの中で、「高額バイトに釣られて自分で来た」とは言いづらくなり、「空港で拉致された」という説明に変わっていくことは十分ありうる。ここは公的資料で断定できる話ではないが、報道の印象と現地で聞く話のあいだにズレが生まれる背景としては、かなり自然だと私は見ている。
もちろん、だからといって犯罪グループの存在を軽く見るつもりはない。詐欺拠点が実際に存在していること自体は事実である。2025年5月29日にも、カンボジア当局が日本人を拘束したと日本政府報道官が述べ、日本側が拘束人数や状況を確認中であり、現地当局と連携して対応すると説明したと報じられている。(出典元:Reuters「Japanese nationals detained in Cambodia as two nations fight fraudulent activity」2025年5月29日)
ただし、ここからすぐに「カンボジア全体が危険」とまとめてしまうと、現地の実態を見誤る。普通に出張し、普通に仕事をし、普通に生活している人の行動圏と、犯罪グループの拠点は重ならないことが多い。少なくとも私の感覚では、カンボジアは「普通に行くと拉致される国」ではない。怖い話があるのは事実だが、それがそのままプノンペンで事業をしている人間の日常に直結しているわけでもない。
2.米国関税は、対米輸出と投資判断に強く効いた
2つ目のショックは、最初はむしろ明るい話から始まった。2024年末にトランプが再選されると、中国企業の間では「もう中国からそのままアメリカへ出すのは厳しい」という空気が一気に強まった。すると、中国と関係の深いカンボジアに生産拠点を移そうという話が、現地ではまた動き始めた。コロナ禍で一度引いた中国マネーが戻ってくるかもしれないという期待が、確かにあった。
私の周囲でも、高級コンドミニアムではなく、経済特区の造成に軸足を移すような話が出てきていた。しばらく止まっていた開発案件が、「もう一回回り始めるかもしれない」という空気になっていた。当時のカンボジアにとっては、数少ない明るい材料だったと思う。
ところがそこで2025年4月、米国第2次トランプ政権が大幅な関税引き上げ措置(いわゆるトランプ関税)を発表。カンボジアには49%という当時としては最も重い水準の税率が突きつけられた。ベトナムも46%、タイも30%台後半で、東南アジアの製造拠点はまとめて強い打撃を受けた。さらにソーラーパネルでは、カンボジアからの一部製品に3,500%超の関税まで出た。実質的には「その製品はもうアメリカに売るな」と言っているのに近い。(出典元:米国商務省(U.S. Department of Commerce)「Final Affirmative Determinations in the Antidumping and Countervailing Duty Investigations of Crystalline Photovoltaic Cells」)
この数字が意味していたのは、米国政府がカンボジアを中国企業の迂回輸出先、いわば隠れ蓑として見ているということだと私は受け止めた。中国から直接出せないなら、カンボジアで作って出しているだけだろう。だったら同じように締める。そういう発想に見えた。ここで空気は一気に変わった。
その後、カンボジア政府は米国と交渉し、税率は最終的に19%まで下がった。数字だけを見ればかなり改善しており、地域内で横並びに近い水準まで持ち込んだこと自体は大きい。ただ、一度49%を見せられたインパクトは重かった。今は19%でも、また上がるかもしれない。そう考えれば、中国企業が大きな投資判断を止めるのは自然である。私の周囲でも、動きかけていた話がそのまま様子見に戻った案件があった。(出典元:米国通商代表部(USTR)「Fact Sheet: United States and Cambodia Reach Agreement on Reciprocal Trade」)
3.タイとの国境衝突は、物流と操業に直接効いた
3つ目のショックは、タイとの国境衝突である。きっかけは2025年5月28日の小競り合いで、カンボジア兵1人が死亡した。過去にもタイとカンボジアのあいだでは国境での小競り合いはあったから、最初はまたその類いかと思われていた。ところが今回は、そこで終わらなかった。
2025年5月、カンボジア北西部の国境で両国のパトロール部隊が衝突し、カンボジア兵に死者が出た。その後も緊張は続き、ごく一部の国境地帯の問題では済まなくなった。7月にはタイ軍による空爆も行われ、国境周辺の複数地点に影響が広がったと報じられている。(出典元:AP通信「Thai and Cambodian soldiers clash at disputed border area」2025年5月28日、AP通信「Thailand and Cambodia exchange fire at disputed border」2025年7月24日)
日系企業への影響も当然あった。私が聞く範囲でも、タイ・カンボジア国境寄りに工場を持つ企業は、最初はラオス経由や海路への振り替えでしのいでいたが、空爆まで出てきた段階で操業を止めざるを得なくなったところがあった。3つのショックの中でも、これは最も直接的で、最も重い。
ただ、その一方で、ある意味では最も距離がある話でもある。戦闘の中心はあくまでタイとの国境地帯であり、プノンペンはそこから離れている。私はプノンペンで生活し、仕事をしているが、日常の中で紛争を感じることはない。国としては重い問題でも、プノンペンのビジネス環境にそのまま直結しているわけではない。この点も、外から見た印象と現地の肌感覚が大きくずれるところである。
見るべきなのは「国全体」ではなく「自分の事業にどこで効くか」
今のカンボジアを見ていると、「国としては逆風だが、すべての事業に同じように効くわけではない」という当たり前の事実が、かえって見えにくくなっている。詐欺拠点問題は主に評判と一部地域の安全管理に効き、米国関税は対米輸出業に効き、国境衝突は国境依存型の物流と製造に強く効く。対象が全部違うのである。
だから、ここで見るべきなのは「カンボジアが良い国か悪い国か」という大きな話ではない。自分の会社の売上がどこから出ているのか。拠点がどこにあるのか。物流や取引先がどの国境やどの市場にぶら下がっているのか。そこを分解して見なければ、何が自社に効くのかは分からない。
ニュースだけで国全体を評価すると、必要以上に怖がることになる。逆に、「現地は普通です」で全部片づけても読み違える。今のカンボジアは、そのどちらでも外す。国全体の悪化と、自社の悪化は同じではない。この切り分けができるかどうかで、判断の精度は大きく変わる。
それでも、カンボジアに残っているビジネス上のメリット
では、2026年時点でカンボジアに残っている強みは何か。ここで言う「カンボジアでビジネスをする」とは、必ずしもカンボジア国内だけで売上を作ることを意味しない。収益源が国外にあり、都市部を拠点に事業を回す立場から見ると、今でも無視できないメリットが残っている。
拠点コストの安さ
私が日常的に恩恵を感じているのは、まず拠点コストの安さである。不動産不況が長引いているぶん、物件はかなり余っている。私はプノンペン中心部に自宅のアパートを借りているが、家賃は約500ドル(7万5000円程度)だ。1人暮らしなので過度にこだわっているわけではないが、立地はかなり良く、広さにも余裕がある。オフィスも100平米弱で600ドル(約9万円)ほどで借りられる。これがプノンペンの一等地なのだから、固定費の軽さはやはり大きい。派手さはないが、こういう地味な優位性が長く効いてくる。
通信インフラの強さ
次に感じるのは、通信インフラの強さだ。正直、これはかなり優秀だと思っている。私は地方も回るが、たいていの場所で通信は安定している。自分が使っているプランも、1週間10GBで1.5ドル程度だ。自宅とオフィスにWi-Fiがあるので、外で使う分だけなら月6ドル(約900円)前後で十分足りる。カンボジアの2024年の4G人口カバレッジは90%超とされており、少なくとも都市部では、オンライン会議やクラウド業務を前提に仕事を回す環境がかなり整っている。(出典元:国際電気通信連合(ITU)DataHub)
金融インフラとドル経済
もう1つは、金融インフラとドル経済である。国際通貨基金(IMF)はカンボジアを高度にドル化された経済と位置づけており、実際、ドルベースで資金管理や収支を考えやすい構造がある。高いドル化は、為替リスクを相対的に意識しにくくし、海外資金を呼び込みやすくする要因の1つでもある。日本円だけの感覚で見ていると分かりにくいが、日本円以外の通貨で生活と事業運営を組み立てやすいというのは、それだけでも大きい。(出典元:国際通貨基金(IMF)「Cambodia: Selected Issues 2025」)
だから私の実感で言えば、今のカンボジアは、誰にとっても簡単に儲かる国ではもうない。国内マーケットだけを見て商売をする人には厳しい局面が続いている。ただ、収益源が日本やアジアにあり、プノンペンのような都市部で、タイ国境や米国向け輸出に依存せずに事業をしている人間からすると、カンボジアにいるメリットは今も十分に残っている。ここは、外から見た印象と、現地で事業をしている人間の実感が大きく分かれるところである。
まとめ:報道が悪いのではなく、まとめて読むと判断を外す
2025年から2026年にかけてのカンボジアは、外から見ればネガティブな情報がかなり目立つ。詐欺拠点の報道、米国関税、タイとの国境衝突。どれも軽く見ていい話ではなく、国としてのダメージが大きいのは事実である。
ただ、現地で事業をしている人間の実感としては、これらの問題は地理的にも業種的にもかなり偏っている。シアヌークビルの話と、対米輸出企業の話と、タイ国境沿いの話は、本来まったく別の問題だ。それを一つにまとめて「カンボジア全体が危ない」と読んでしまうと、実態をかなり見誤る。
私が17年カンボジアで事業をしてきて思うのは、ニュースだけで国を判断してはいけないということだ。大事なのは、何が起きているのかを分解し、それが自分のビジネスモデルのどこに効くのかを見極めることだ。プノンペンの日常は変わっていない。収益源が国外にあり、都市部を拠点にし、国境物流や対米輸出に深く依存しない事業であれば、カンボジアにいる意味は今も十分に残っている。
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