カンボジアで法人設立を急いではいけない理由|税務調査と税金の現実
カンボジアでは、会社を作ること自体より、作った後の税務負担の方が重い。税務調査、法人所得税の前払税、VAT、源泉税の実務を踏まえ、なぜ法人設立を急ぐと危ないのかを整理する。
カンボジアで事業を始めたいと考えたとき、多くの人はまず会社を作ろうとする。日本でも「事業をやるなら法人」という発想は自然だし、実際、会社設立そのものは比較的進めやすい。だが、私が現地で長く見てきた感覚で言えば、最初にそこへ飛びつくのは危ない。
理由は単純である。カンボジアは、会社を作るところより、作った後のほうがはるかに重い。月次の税務申告は原則として翌月20日が納付期限で、月次では付加価値税(VAT)を除く売上高の1%が法人所得税の前払税として扱われる。(出典元:PwCのカンボジア税務管理解説)
しかも厄介なのは、利益が出てから税金を払う、という日本的な損益感覚がそのまま通じない点である。カンボジアでは年次の法人所得税だけを見れば足りず、月次では売上高を基準にした法人所得税の前払税もある。この前払税は、年次の法人所得税や最低税額に充当される仕組みである。
税務調査の話をすると、多くの人は「指摘されたら困る」「追徴を取られたら大変だ」と受け止める。もちろんそれも間違いではない。だが、私が本当に先に伝えたいのは、税務調査の場面だけが問題なのではなく、その手前にある税金の取り方そのものが、日本の常識とはかなり違うということである。
なぜ私は「まず法人設立」を勧めないのか
カンボジアで何かやりたい、ビジネスを始めたいと相談を受けると、最初から「では会社を作りましょう」と話が進みがちである。設立そのものは定型化しやすく、支援する側から見ても分かりやすいサービスだからだ。頼む側も、海外進出ならまず法人設立だろう、と考えやすい。
ただ、私は個人の事業家や中小企業に対しては、少し待ったほうがいいと伝えることが多い。もちろん、日本の上場企業が最初から子会社や支店を置くのであれば話は別である。だが、まずは現地で試しながら可能性を見る段階なら、法人を持つこと自体が先に重荷になることがある。
日本では、会社を作っても休眠という形で維持できるし、法人格を持っているだけで毎月大きな実務負担が発生するわけではない。カンボジアはその感覚で考えないほうがいい。月次税の申告・納付に加えて、年次の申告も続くため、会社を持つこと自体に継続的な管理負担が付いてくる。
私は、会社を作ること自体を否定しているわけではない。むしろ、行けると判断した段階で法人化するのは当然だと思っている。問題は順番である。先に確かめるべきことを飛ばして法人を作ると、その後の税務や管理の負担に、事業の立ち上がりが食われやすい。
まず法人設立、という発想で入ると危ない。個人で試せる範囲を試し、本当に行けると判断してからでも遅くない。
日本の感覚で法人維持を考えると危ない理由
カンボジアで会社を維持する負担は、日本よりかなり重い。ここで言う重いとは、単に費用がかかるという意味ではない。毎月の申告、役所とのやり取り、会計と税務の整理を継続的に回し続けなければならない、という意味で重いのである。月次税の期限が毎月到来する以上、事業がまだ安定していない段階でも管理実務は止まらない。
日本でも法人維持が楽だと言うつもりはない。だが、少なくとも日本では、役所が何を求めるのか、どこまで整えておけばよいかの見通しを持ちやすい。カンボジアでは、その見通しがずれやすい。制度上の整理だけでは足りず、実際の運用や当局対応まで見ておかないと、思った以上に負担が重くなる。これは私が現場で繰り返し感じてきたことでもある。
特に外国企業は、コンプライアンスを意識して真面目に対応しようとする。そこは本来よいことだが、当局からの指摘や要請にも正面から対応しやすく、結果として役所対応の負担が重くなりやすい面もある。役所対応において、現地に根差した企業と同じ感覚では立ち回れないことがある。
だからこそ、私はよく「日本の常識を捨てろ」と言う。大げさな表現に聞こえるかもしれないが、これは精神論ではない。会社を作った後に何が起きるか、その国はどこで税金を取り、どこに実務負担を置いているかを、日本の延長線上で考えないほうがいい、という意味である。
カンボジアの税務調査はなぜ厄介なのか
税務調査の厄介さは、単に調査が来ることではない。どこから来るのか、どういう類型があるのかに加えて、一度対応しただけで全部片付いたとは考えにくいところにある。
公開情報を見ても、カンボジアの税務監査には少なくとも限定税務監査と包括税務監査という類型がある。どの税目を、どの期間で、どの範囲まで見られるのかは一律ではないため、前に一度対応したから大丈夫と単純には考えないほうがいい。(出典元:PwCのカンボジア税務管理解説)
さらに、2024年には特別税務調査ユニットが設けられ、政府側も税務監査の処理を改善しようとしている。つまり、制度面でも税務調査の運用は動いている最中であり、企業側が過去の感覚だけで対応するとズレやすい。何の税目を、どの期間で、どの類型で見られているのかは丁寧に確認した方が安全である。
もう一つ大きいのは、税務調査を単独イベントとして見ると全体を見誤ることである。調査で何を言われるかは、その前段の月次申告、源泉税の処理、費用計上の考え方とつながっている。真面目にやってきた日本企業ほど、制度を知らないというより、日本の前提で見てしまうことで驚く場面がある。
真面目にやっている会社ほど驚くことがある。税務調査で見えるのはミスだけではない。その国が、どこで税金を取りに来るのかという設計思想そのものである。
赤字でも逃げられない「悪魔の税制構造」とは何か
日本で事業をしている人には、まずここが最も分かりにくいはずである。法人税とは、基本的には利益に対してかかる税金だ。利益が出ていなければ、その段階では法人税を払わない。これは多くの人の頭に入っている前提である。
ところが、カンボジアでは、利益が出てから年次で整理するだけでは終わらない。月次では、VATを除く売上高に対する1%の法人所得税の前払税があり、年次の法人所得税や最低税額に充当される。制度上は前払いであって最終税ではないが、経営の感覚としては、利益が出る前から資金と実務が先に削られていく。
利益が出ていなくても税負担が先に来る
加えて、標準のVAT率は10%である(出典元:Acclime CambodiaのカンボジアVATガイド)。VAT自体は法人税とは性格が違うが、月次の申告と資金繰りの観点では、事業初期の会社にとって軽い話ではない。年次決算だけを見ていればよい国ではない、という意味で、事業の立ち上がりにかかる管理負担はかなり重い。
粗利の薄い業態ほど厳しくなる
この構造が厳しいのは、粗利の薄い事業である。売上はそこそこ大きいが、コストも大きく、最終利益は小さいという業態は少なくない。そうした会社にとって、利益の前段階で月次の税務負担や申告実務が走る仕組みは、想像以上に重い。私はこれを、赤字でも逃げにくい構造だと見ている。
だから私は、カンボジアでの事業設計を見るとき、単に売上が作れるかでは判断しない。どれだけのコストが発生し、そのコストにどの税務負担が乗るのかまで見ないと危ない。事業が失敗するというより、税務の構造に最初から削られてしまうことがあるからだ。
源泉徴収税15%が実質的なコスト増になる理由
源泉徴収税というルールは日本でも普通に知られている。給与の源泉徴収もそうだし、弁護士等への士業報酬など特定の費用(日本では極めて限定されている)については費用を支払う側が税金部分を預かって納税する、という考え方である。問題は、カンボジアでその感覚のまま捉えると実態を外しやすいことである。
カンボジアでも源泉徴収税の基本ルールは日本同様に定まっている。居住者へのサービス対価は15%、賃料は10%、利息やロイヤルティは15%で、非居住者向けの一般的な源泉税率は14%と税率も整理されてもいる。 またVAT認定登録納税者への支払いで有効なVATインボイスがある場合は源泉徴収税は適用されない。(出典元:PwCの源泉税解説)
本来の源泉税の考え方
制度上の決まりだけを見れば、特定のサービス対価に源泉税がかかるときでも税の負担関係は法令に沿って整理できる。例えば現地業者(VAT認定未登録)にサービス対価として100ドルを支払う場合、ざっと計算して13ドルは源泉税として預かり、現地業者に支払うのは87ドルということになる、はずである( 87ドル x 15%=13ドル、87ドル+13ドル=100ドル)。
なぜ現場では「負担が1.15倍」になるのか
ただ現場で起こっている状況は制度上の決まりとは大きくかけはなれている。
先述の事例で言えば、現地業者は「手取りで100ドル」を要求してくるのだ。 そして税務署は、その100ドルの経費に対して15%を乗じた15ドルを「源泉徴収税」として納税することを強制してくる。 カンボジアは毎月税務申告があるので、現地業者への経費支払い100ドルとその翌月の源泉徴収税納税15ドルで合計115ドルの負担となる。 本来は100ドルのはずだったサービス対価が実負担としては115ドルになっている。
そして更なる問題はこの源泉徴収税の対象となるサービス対価・報酬の範囲の広さである。 日本の場合、その対象となる対価・報酬は先述の士業報酬や講演料、芸能人やモデルへの出演料など主にプロの個人向けの対価・報酬が主となり、範囲が極めて限られる。
一方カンボジアでは、VAT認定未登録業者に支払うほぼありとあらゆるサービス対価・報酬がその対象となる。 旅費交通費、修繕費用、印刷代、清掃費、etc、VATインボイスを発行できない現地業者に支払うサービス対価全て、である。
私が動画の中で「ほとんどのコストが1.15倍になる感覚」とお伝えしたのはこのことだ。
ちなみにカンボジアの従業員給与に対して支払う給与税(日本でいう所得税)は会社が従業員の給与から控除し、毎月申告・納付する仕組みである。日本の感覚だと、たとえば月給30万円なら、その30万円の中から税金分を差し引き、残った額を手取りとして渡す考え方になることが多い。
ところがカンボジアでは、現場では手取り額を先に前提にして話が進むことがほとんどである。先述のVAT認定未登録業者へのサービス対価の話とほぼ同じだ。
そうなると会社側には、その手取りを維持するための税負担まで自社で負っているような感覚が残りやすい。制度そのものがそうなっているというより、実務の現場では会社側の負担感が強く出やすい、という理解の方が実態に近い。(出典元:PwCの個人税務管理解説)
カンボジア進出で会社設立より先に考えるべきこと
私が会社登記の前に先に考えてほしいと思っているのは、事業上どのタイミングで法人が必要になるのか、法人設立後の事業モデル・規模はこの国の税制構造に耐えられるのか、である。
想定している売上規模と粗利幅。 売上金額と費用金額それぞれにかかる税金費用負担も考慮にいれて、事業存続可能なレベルの利益を捻出できる段階になるにはどれくらいの期間がかかるか。
そのうえで、法人登記以前に現地でどこまでの活動が可能なのかを考えるべきだ。 カンボジアに一般ビザ(Eビザ)で入国すれば、カンボジア国内源泉から給与や報酬を受け取らない限り、市場調査や視察、パートナー候補との契約交渉、銀行口座開設や役所への申請、などビジネスにつながる準備行為ができる範囲は意外と広い。
最初から箱を作ることより、事業として本当に成り立つかを確かめるほうが先である。
法人設立はゴールではない。むしろスタートであり、その後は本業立ち上げと同時に月次申告、税務対応、会計実務などバックオフィス実務も付随して発生する。
だから私は、会社を作る前の段階で、税務調査の怖さだけでなく、そもそもこの国がどうやって税金を取ってくるのかを理解しておくべきだと思っている。それができていれば、法人設立は早すぎる判断ではなく、必要なタイミングでの正しい判断になる。
法人設立の前に、先に整理すべきことがある
まずは60分の相談から
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