日本の学生がカンボジアでカレーを売ったら|サムライカレープロジェクトの実践型ビジネス教育
カンボジア人の9割はカレーが嫌い。その事実を体験させることから始まるサムライカレープロジェクトは、2週間で5〜6回のピボットを繰り返す実践型ビジネス教育だ。就活や総合型選抜で圧倒的に強い理由を、代表・森山たつを氏との対談で解説する。
カンボジアで日本人の学生がカレー屋を出す。しかもそのカレーは、現地の人にほぼ確実に嫌がられる。そんなプログラムが12年間続いている。
「サムライカレープロジェクト」という名前だけを聞いても、これが一体何のプロジェクトなのか推察できる方はほぼいないだろう。 実は日本の学生に堅実な人気を博しているこのプロジェクト、中身を聞いてみるとこれは日本のカレー屋の話ではなく、海外ビジネスの本質を2週間で叩き込む実践型起業家育成プログラムである。
今回、サムライカレープロジェクトを運営する株式会社スパイスアップ・アカデミア代表の森山たつを氏にプノンペンで話を聞く機会を得た。プログラムの仕組み、なぜカレーなのか、就活や総合型選抜での効果、そしてコロナ禍の乗り越え方まで、12年間の蓄積を聞き出した内容をここに整理する。
カンボジアでカレー屋をやる「サムライカレープロジェクト」とは
サムライカレープロジェクトは、日本人の若者──主に大学生、たまに高校生、ごくまれに中学生──がカンボジアに集まり、自分たちだけでカレー屋を運営するプログラムである。2014年1月にカンボジア首都プノンペンで始まり、現在はカンボジアのシェムリアップやタイのバンコクでも展開している。
ただし「カレー屋」というのは入口にすぎない。カレー屋を運営する過程で、現地の人とのコミュニケーション、マーケティング、販売を実践で学んでもらう。それが本来の目的だ。
森山氏がこのプログラムを始めた当初は、本気でカレー屋として利益を出そうとしていたという。ところがカレーが全く売れなかった。 長くカンボジアで過ごしカンボジア人の性質や好みをある程度把握している方であれば、その理由にピンとくるかもしれない。
なぜカレーなのか──9割が嫌いだからこそ意味がある
カンボジア人の約9割は、実はカレーが嫌いだ。
正確には、カレーに使われるクルーン(ក្រឿង)──カンボジア料理に欠かせないスパイスペーストだが、日本のカレーに使うスパイスとは風味が異なる──その匂いがたまらなく苦手らしい。森山氏いわく「納豆が嫌いな人に納豆を近づけた時と同じリアクションをする」とのこと。日本人の9割がカレーライス好きなのとは真逆である。
この「食文化の違い」が、プログラムの核になっている。自分たちが良いと思うものを提供しても、お客さんには「臭い」と拒否されてしまう。海外でビジネスをやるためには、自分がいいと思うものではなく、お客さんが求めるものを提供しなければならない。この体験が非常に重要だったと森山氏は振り返る。
だからこそ、あえてカンボジアでカレーをやる。売れないことを前提にした教育設計だ。
自分がいいと思うものを売るんじゃない。お客さんが求めるものを提供する。海外ビジネスの入口は、その体験にある。
実はサムライカレーという名前は、森山氏が「パッと思いついた」ものだという。名前が先にあって事業が後からついてきた。結果としてこの名前が面接での記憶定着にも一役買っているのだから、命名のセンスは侮れない。
2週間で5〜6回ピボット──プログラムの具体的な流れ
現在のプログラムは2週間制だ。参加者は最大36名、12人ずつのチームに分かれる。
かつては4週間のプログラムだったため、最初の1回はカレーを実際に売らせて失敗を体験させていた。しかし期間が2週間に短縮された現在は、開始時に「実はカレーは売れません」と伝えたうえで、すぐにマーケティングリサーチからスタートする。
具体的な流れはこうだ。まずプノンペン市内のショッピングモールを複数回って、どんなものがいくらで売られているかを調査する。次に王立プノンペン大学(RUPP)に行って、現地の学生に「こういうものを売ろうと思っているが、どう思う?」と直接聞く。「それは売れない」「高すぎる」と言われて修正し、試食会を開き、改良して販売する。それでも売れなければ商品を変え、値段を変え、売り方を変える。
2週間で5〜6回のピボットを繰り返す。たこ焼き、綿菓子、うどんなど、チームによって売る商品はバラバラになっていく。
王立プノンペン大学との連携が鍵
このプログラムの巧みな点は、王立プノンペン大学(Royal Univercity of Phnom Penh, RUPP)の日本語学科との連携にある。RUPPはカンボジアの最高学府で、日本でいえば東京大学にあたる。
最初のヒアリングはこの日本語学科で行う。つまり日本語でマーケティングリサーチができる。英語が苦手な学生でも、初日から現地の人と対話できるわけだ。
翌日の試食会には日本語学科以外の学生も参加する。英語が話せる参加者は英語でヒアリングし、話せない参加者は3種類のフレーバーにシールを貼ってもらうなど、言語に頼らない方法でフィードバックを集める。
さらに、ヒアリングや試食会を通じて仲良くなったカンボジア人学生を「仲間」として巻き込める。販売の際にはRUPPの学生と日本人がコンビを組んで営業に出る。クメール語での営業も可能になる。
私も何度かRUPPにコンタクトしたことがあるが、あの大学の学生は本当に優秀である。日本語学科の学生と普通に日本語で会話が成立する。彼らにとって日本語は第2外国語で、日本人にとってのフランス語や中国語にあたるのに、あのレベルで運用できるのかと驚く。参加した学生たちも「自分たちは一体何をやっているのだ」と刺激を受けるという。
かなり広い層に英語が通じるカンボジアだからこそできることがある。同じことをベトナムやタイでやろうとすると、ここまでスムーズにはいかない。
GrabとABAで動き回る
参加者の移動はすべて東南アジア最大手配車アプリGrabのタクシー(主にリキシャ型トゥクトゥク)で、お金の支払いはすべて現地最大手商業銀行ABAのスマホ銀行アプリである。サムライカレー側が現地スマホを12台用意しており、Grabの料金はサムライカレーのABA銀行口座から引き落とされる。学生は手持ちの現金を使わずに活動できる仕組みだ。
カンボジアのABA銀行アプリとGrab配車アプリの使い勝手の良さは、以前の動画でも紹介した通りである。この2つのおかげで、サムライカレーの運営効率は格段に上がっている。プロジェクト期間中、このGrabでの移動の快適さを知ってしまった学生たちは、ほぼ全員が帰国時に「なぜ日本にGrabのトゥクトゥクがないのか」と嘆くらしい。正直その気持ちはよくわかる。私自身、カンボジアでの配車アプリ生活に慣れすぎて、日本に戻るたびにストレスを覚える。GoやUberを呼んでも高いし、到着までの待ち時間も長い。
就活・総合型選抜で「カレーの人」が圧倒的に強い理由
サムライカレーへの参加が就職活動で効くのは、単に「海外体験」だからではない。実践で語れるエピソードの質が違う。
面接でこの体験を話すと、次の面接では確実に「ああ、君カレーの人ね」と覚えてもらえる。しかも話の内容が具体的だ。「カンボジアの人にヒアリングして、商品を改良して、実際に販売したら売れました」と言える。さらに踏み込んで「現地の人に話を聞いて商品を改良するスキルがあるので、御社の海外部門に配属していただけたら、御社の商品を現地の人向けにカスタマイズして販売できます」と提案できる。
海外で働きたい人材を企業はものすごく求めているが、実際にそういう人材は極めてレアだ。わざわざお金を払ってカレー屋をやりにカンボジアまで来る人間なら、「海外に行ってきて」と言えば確実に行ってくれる。企業側から見て、これほど確度の高い採用候補はそういない。
大学生だけの話ではない。最近は高校生プログラムも充実してきた。有名な私立高校が学校のプログラムとして採用しているケースもある。総合型選抜や推薦入試で「カンボジアで現地の人とビジネスをやり、マーケティングの4Pを実践で学んだ。看板の作り方を変えたら売上がこれだけ上がった。もっとマーケティングを深く学びたいので、この大学の商学部に入りたい」と言える高校生が出てきている。
メインの参加者は大学生であるこのプログラムを推奨する大学も多い。プログラムを提携・紹介している大学は全国37校に及び、そのうち単位認定されている大学が約20校ある。補助金が出る大学や学内でチラシを配布してくれる大学もある。
参加者は年間300名以上、累計では1,650名を超えた。9割が大学生で1割が高校生、ごくまれに中学3年生も参加する。過去に中学生の参加者は4名だという。
一軒家4棟の拠点運営とコロナ禍の乗り越え方
なぜホテルではなく一軒家なのか
参加者の宿泊先はホテルではない。プノンペン北部のセンソック地区にあるGated City内の一軒家を4棟借りている。Gated Cityとは周囲がフェンスや壁で囲まれ住民以外の出入りが制限された住宅エリアのことで、セキュリティを重視した造りになっている。1棟に約10名が住めるようになっており、最大40名を収容できる。
一軒家を選ぶ理由は明確だ。まず、計算するとホテルに泊めるより年間コストが安い。オフシーズン中の家賃負担はあるが、その間はたこ焼き器や綿菓子機、発電機といった機材の倉庫として使えるし、プロジェクト期間以外にはカンボジアで頑張っている若い起業家に格安で住まわせることで空室も有効活用している。
それ以上に大きいのが共有スペースの存在だ。上階が寝室、1階が共有スペースという構造で、講義もできるし、プログラム後も学生同士がワイワイと食事をしたりゲームをしたり、翌日の販売戦略を話し合ったりできる。王立プノンペン大学の学生を呼んで一緒にご飯を食べながらディスカッションすることもある。ホテルでは、プログラムが終わったら各自が部屋に閉じこもって交流が途切れてしまう。
カンボジアの不動産事情も味方している。新しい建物が大量に供給される一方で、都心部であっても住宅需要が供給に追いついていない状況が常態化しており、好立地の高級物件でも家賃が意外と安くつくことが多い。売り物のための料理もしなければならないプログラムでもあり、キッチンがない(あっても小さい)ホテルでは対応できないが一軒家であれば100人分のカレーを作ることも可能である。
コロナ禍の2年半
12年の歴史で最も厳しい局面を迎えたのは、やはりコロナ禍だった。約2年半、プログラムがまったく実施できなかった。
森山氏がまずやったのは「今のキャッシュで何年死なないか」の計算だったという。しばらく収入がないことを織り込んだうえで、オンラインプログラムに切り替えた。カンボジアに来られない以上、現地のビジネス体験はできない。そこで、オンラインでカンボジアの現地の人と話を聞き、クラウドファンディングを立ち上げて現地の小学校にトイレを寄贈するプログラムに組み替えた。
コロナが明けた今も、カンボジアの治安報道の影響は残っている。詐欺拠点やタイとの国境紛争の報道で、申し込みは通常年の6割ほどだ。だが森山氏はこう言い切った。
それでも6割いるんですよ。サムライカレーに参加するような海外志向の学生はカンボジアに関する日本の報道がどうだろうがとりあえず飛び込んでくる。
国境紛争が落ち着いた後は追加の申し込みも入り始めているという。報道に左右されない層が一定数いるという事実は、このプログラムの求心力の強さを示している。
卒業生データベースとサムライカレーのこれから
サムライカレーの運営を支えているのは、過去の参加者だ。10人に1人の割合でつく若手スタッフは、全員がサムライカレーの卒業生である。一度体験しているから、プログラムの流れも、野菜をどこで買えばいいかも、病院の場所も、グラブの使い方もすべてわかっている。しかも参加者と同年代だから話しやすい。このスタッフ枠も大人気で、抽選倍率は10倍だという。
弊社も実はサムライカレーのスタッフのビザ取得やワークパーミットの発行をサポートしている。森山氏からポンと連絡が来て「この子お願いします」の一言で手続きが動く。もう何人もやっているので、こちらも慣れたものだ。
そして今、森山氏が進めているのが「サムライカレー人材データベース」の構築である。卒業生の情報──どの業界に行きたいか、どんなスキルがあるか──を登録し、企業側がデータベースを見てスカウトできる仕組みだ。2027年頃の本格稼働を目指しているという。現時点でも人力ベースでの紹介は対応しているとのことなので、関心のある企業はサムライカレープロジェクトに直接コンタクトしてほしい。
現在の日本の若い世代は安定志向・国内志向といわれ、総合商社には就職したいが海外には行きたくないという若者も多いという。 そんな中で、わざわざプログラム参加料を払ってまでカンボジアまでカレーを売りに来る学生達は、人材採用する企業視点で見れば海外に行ってくれと言えば喜んで行ってくれる人材だ。 海外志向の人材を確保したい企業にとって、これほど魅力的な母集団はなかなかないと言えるだろう。学生側にとっても、サムライカレーに参加すれば海外勤務に積極的な企業からスカウトが来るとなれば、プログラムの魅力がさらに増す。
日本を飛び出して海外起業し、長く海外で事業している私からのシニア視点になるが、サムライカレーに集まる学生たちを見ていると、日本の若い世代もまだまだ捨てたものではない、と感じる。日本の大学生全体で見ると5%もいないかもしれないが、自らカンボジアに飛び込んでビジネスの現場で揉まれようとする層は確実に存在する。この対談を通じて、カンボジアが単なる事業進出先ではなく「人を育てる場」としても機能していることを改めて実感した。
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