タイ・カンボジア紛争、なぜ止まらないのか——タイ内政の「三つ巴」が生んだ構造的衝突と、日系企業が知っておくべきこと
タイの内政問題がなぜカンボジアとの紛争に発展したのか。2025年5月に始まった国境衝突は、和平合意が2度成立した後も収まる気配がない。その背景には、タクシン派・軍保守派・革新派による三つ巴の権力闘争がある。カンボジアで17年事業を営む日本公認会計士・髙虎男氏が、現地の空気と日系企業への影響を語る。
2025年5月、タイ・カンボジア国境でパトロール部隊が衝突した。この手の小競り合いは過去にもあった。多くの関係者は「また一時的なものだろう」と見ていたし、現地でもそういう空気が支配的だった。
ところが事態は収まるどころかタイ空軍による空爆にまで発展し、外交レベルで2度の和平合意が成立した後も攻撃が続いている。何が起きているのか。
カンボジアで17年にわたり事業を営んできた立場から、この紛争の構造と今後の見通しを整理してみたい。
紛争の現状:すでに「国境紛争」の域を超えている
タイとカンボジアの国境紛争は過去にも繰り返し起きてきた。とくにプレアヴィヒア寺院周辺では2000年代に複数回の衝突があったが、いずれも比較的早い段階で鎮静化していた。
しかし今回は根本的に違う。
当初はごく一部の国境沿いで起きた衝突が、プレアヴィヒアからココンに至る約800kmの国境地帯のほぼ全域に拡大した。タイ空軍も投入され、学校施設や遺跡など軍事拠点ではないエリアにも砲撃が及んでいる。国境に接していないシェムリアップ州の北端にまで爆弾が投下されたとの報道もある。
事実上、「国境紛争」という言葉では収まらない状態になっている。
日系企業への影響も出始めた。タイ・カンボジア国境付近に工場を構える日系メーカーは、当初はタイからの原材料をラオス経由で迂回運搬して操業を続けていた。だが空爆のリスクが現実味を帯び、ポイペト経済特区に進出する日系企業9社が操業を一時停止している。(出典元:ジェトロ(日本貿易振興機構)の報告)
一方、私が普段いる首都プノンペンの日常はまったく変わっていない。紛争を感じることは一切ない。世界遺産で知られるシェムリアップも、街中にいる限りは平穏だ。被害は国境地帯に集中しており、カンボジア全土が危険な状態にあるわけではない。現地にいないとなかなか掴めない温度差が、この紛争にはある。
タイ・カンボジア紛争の原因:なぜ今回だけエスカレートしたのか
ここで触れておきたいのは、タイとカンボジアは普段から仲が悪いわけではないという点だ。
私自身、カンボジア北西部バッタンバン州で農業事業を営んでおり、タイのサイヤムクボタ(久保田のタイ現地法人)と日常的にやり取りをしてきた。弊社のスタッフがタイの工場で研修を受けたり、タイ側のパートナーがカンボジアに来て技術指導をしてくれたりと、ビジネスレベルの交流はきわめて友好的だった。国民同士の感情も、普段は良好と言っていい。
では、なぜ今回だけこれほどエスカレートしたのか。
これはカンボジアとタイの敵対心によるぶつかり合いというよりも、タイの内政問題に端を発した紛争だ。
私はそう見ている。その理由を説明するには、2001年から続くタイ政治の力学を知っておく必要がある。
タイの三大勢力:「赤」「黄」「オレンジ」
タイの政治は、外から見ると「微笑みの国」のイメージからは想像しにくいほど激しく揺れ続けてきた。制度上は日本と同じ立憲君主制だが、決定的に違うのは「王室」と「軍」がきわめて強い権力を保持している点にある。
タイの政治対立は「色」で整理するとわかりやすい。
黄色=軍・保守派。王室を頂点とし、軍部と結びつく伝統的な支配勢力だ。1932年の立憲革命以降、成功したクーデターだけで13回。形式上は首相の下に軍があるが、実態として軍は独立した権力基盤を持つ。「国王陛下のために行動する」と主張すれば政治介入もクーデターも正当化される構造が今も残っている。
赤色=タクシン派。1997年のアジア通貨危機でIMFの緊縮財政に苦しむ国民の前に、通信事業で巨万の富を築いたタクシン・シナワトラ氏が現れた。30バーツ(当時約100円)で全医療が受けられる制度、全国の村への100万バーツ(約300万円)融資、農家の債務猶予。圧倒的なバラマキ政策で2001年に首相に就任し、タイ憲政史上初の単独過半数を獲得した。国民は王室を尊敬しつつも、「飯を食わせてくれるのはタクシン」と感じるようになる。
オレンジ=革新派(旧前進党→国民党)。2023年に台頭した第三勢力。SNSを駆使して若年層の圧倒的な支持を獲得し、軍政批判と王室改革を掲げて一気に第1党に躍り出た。赤でも黄でもない「新しい政治」を求める世代の受け皿となっている。
タイ政治の流れ(2001〜2025年)
2001年 タクシン氏が首相就任。憲政史上初の単独過半数で圧勝。
2006年 軍事クーデター。タクシン氏は海外亡命。与党は解散。
2011年 タクシン氏の妹インラック氏が首相に。タクシン派が再び圧勝。
2014年 2度目の軍事クーデター。インラック氏は海外逃亡。軍事政権が成立。
2016年 プミポン国王(ラーマ9世)崩御。王室への批判的言論がじわじわ広がり始める。
2023年 革新派(前進党→国民党)が第1党に躍進。タクシン派は第2党に転落。軍・保守派は惨敗。宿敵だった黄と赤がまさかの連立。
2025年 国境紛争が勃発・拡大。タクシン氏の娘ペートンタン首相の電話録音がリーク。タクシン派が失墜し、軍保守派が支持率を急伸。12月に下院解散。
「選挙では絶対に勝てない」保守派のジレンマ
この三色の関係性を理解するうえで押さえておきたいのは、黄色(保守派)は赤(タクシン派)に選挙で一度も勝ったことがないという事実だ。
2001年にタクシン氏が登場して以来、軍・保守派が推す政党は選挙で全敗してきた。2006年のクーデターはタクシン氏が圧勝した直後に起きている。タクシン氏が海外に逃亡した後も、2011年には妹のインラック氏を候補に立てた。タクシン氏本人が「これは私のクローンだ」と公言したうえで、政治経験のなかったインラック氏がわずか49日で首相に就任する。保守派はまたもや選挙で歯が立たず、2014年に再びクーデターでちゃぶ台返しに出た。
要するに、「選挙=タクシン派の勝利」という構図がずっと続いてきた。保守派はクーデターや司法による政党解散という裏技にしか活路がなかった。これがタイ政治の繰り返されてきたパターンだ。
宿敵同士の握手、そして共通の敵「オレンジ」
2023年、その構図に激変が起きた。SNSの波に乗った革新派(前進党、現・国民党)が第1党に躍り出る。タクシン派すら選挙に負ける時代が来た。
こうなると、かつてクーデターで殴り合っていた黄色と赤が手を組むことになる。共通の新しい敵であるオレンジを抑え込むためだ。亡命中だったタクシン氏は帰国し(形式的に収監されたが事実上即日に近い形で出獄)、タクシン氏の娘ペートンタン氏が首相に就任した。
紛争のトリガー:タクシン派の致命的な失策
ここまでがタイ内政の前提だ。そして2025年、この均衡を崩す決定的な出来事が起きる。
5月に国境紛争が発生した際、当時の首相ペートンタン氏はカンボジアのフン・セン元首相に電話をかけた。フン・セン氏とタクシン氏は長年の盟友関係にある。タクシン氏の海外亡命中には、フン・セン氏がタクシン氏をカンボジア政府の経済顧問に任命したほどだ。タイから見れば、自国の指名手配犯を隣国が公職に就けたようなもので、当時から物議を醸していた。
ペートンタン氏にとって、フン・セン氏は幼少期から父の親友である「おじ様」のような存在だったとされる。問題は、その私的な距離感がそのまま電話の口調に出てしまったことにある。
報道されている内容によれば、ペートンタン氏はフン・セン氏に対して「うちの軍部が変なことをしてすみません、早くなんとかしますから」という趣旨のことを、かなりへりくだったトーンで話した。フン・セン氏は年長の親族のように「お前らもしっかりやれ」と返す。
この電話の録音がSNS上に拡散された。意図的なリークか事故かは不明だが、結果は決定的だった。タイ国民からすれば、自国の首相が隣国の元指導者に頭を下げて謝っているように見える。国民のプライドは大きく傷つき、タクシン派への怒りが一気に噴き出した。
軍・保守派にとっての千載一遇
黄色(軍・保守派)にとって、これは選挙で何度やっても勝てなかった赤(タクシン派)が自滅した最大の好機だった。カンボジアに対して強硬姿勢を打ち出し、軍が積極的に攻撃を行うことで「やっぱり軍がいなければダメだ」という世論が盛り上がる。かつてない支持率の急上昇を得た保守派にとって、攻撃をやめる理由がない。
ペートンタン氏は失職し、タクシン氏本人も再び収監されている。
ただし、ここで見落としてはいけない点がある。オレンジ(革新派)が依然として選挙では最も強い勢力だということだ。黄色は今の盛り上がりを選挙まで維持しなければならない。紛争を続けることが支持率を保つ手段になっている以上、合理的に考えれば、選挙が終わるまで紛争を止める動機がきわめて薄い。
タイ軍のシビリアンコントロール問題
事態をさらに深刻にしているのが、タイ軍が文民統制(シビリアンコントロール)の外にあるという構造的な問題だ。
トランプ米大統領は2度にわたり和平の仲裁に入り、外交レベルでは合意が成立した。にもかかわらず攻撃が止まらないのは、軍が政府の命令系統から事実上独立して動いているからだ。
象徴的なのが、第2軍管区のブンシン司令官の振る舞いだ。ペートンタン首相(当時)が電話でこの司令官を「かっこつけたいだけの反対側の人間」と批判したことが録音から明らかになっているが、裏を返せば、首相ですら前線の司令官を制御できない状況にあった。政府が停戦を約束しても、現場がそれに従う保証がない。
カンボジアでは首相が何か言えば軍はピタッと動く。しかし客観的に見ると、タイの政府は軍を止められていない。
軍事力の差は歴然としている。米軍事力評価機関(出典元:Global Firepowerの2025年版データ)によれば、タイは世界25位に位置し、ASEAN域内ではインドネシア・ベトナムと並ぶトップ3の地域強国だ。現役兵だけで約36万人(徴兵制あり)を擁する。対するカンボジアは95位で、空軍の戦闘機はゼロ。戦力差は数字を見れば一目瞭然だ。
カンボジア側にはまともに戦って勝てる見込みがない。そしてそもそも、戦う理由もない。
プレアヴィヒア問題の歴史的経緯

タイ・カンボジア国境紛争の中心に位置するプレアヴィヒア寺院は、国際司法裁判所(ICJ)が1962年にカンボジアの主権を認める判決を下し、2013年にもその判断を再確認している。タイ側は1904年の仏シャム条約で定められた「分水嶺」こそが正当な国境線だと主張するが、当時タイ自らがフランスに地図作成を依頼し、完成した地図を受け取って国際的に配布していた経緯がある。1930年にタイの王族がプレアヴィヒアを訪問した際にはフランス国旗が掲揚されていたが、何の抗議も行わなかった。国際法上の「禁反言」原則により、一度認めた事実を後から覆すことは許されない。
カンボジア国内の空気:怒りと困惑の間で
カンボジアの国民感情はどうか。私の肌感覚では、怒ってはいるが、困ってもいる。早く終わってほしいのが本音だろう。
カンボジア国内では、タイ製品の不買運動が広がっている。タイ最大の国営エネルギー企業PTTのガソリンスタンドで給油すると石を投げられる恐れがあり、タイ系の大型スーパー「Macro」(日本でいうコストコ的な存在)で買い物していると写真を撮られてSNSに拡散されるリスクがある。
私が実際に目の当たりにしたエピソードがある。カンボジア人の友人の子どもが、ある店でアイスクリームを手に取った。パッと見てタイ製だとわかると「僕は買えない」と棚に戻し、涙ぐんだ。親は何も言えなかった。
不買運動は、子どもにまで浸透している。
しかし、カンボジア国民の多くが感じているのは「タイのものが買えないのは生活的にきつい」という現実だ。タイ製品は品質がよく値段も手頃で、カンボジアの消費生活に深く入り込んでいる。代替としてのベトナム製品は「下位互換」だという声も少なくない。
カンボジアからすれば、軍事的に勝てるわけがないし、タイの領土を奪いたいわけでもない。ICJの判決でプレアヴィヒアの帰属は決着済みだ。この紛争はタイの内政事情に巻き込まれているだけだ、という認識が国内では大勢を占めている。
紛争の行方と日系企業への影響
では、この紛争はいつ終わるのか。
私が注目しているのは、タイの下院総選挙だ。2025年12月にアヌティン首相が前倒しで下院を解散し、2026年2月に選挙が実施される見通しとなった。
合理的に考えれば、軍・保守派は選挙を有利に戦える形まで国民の支持を維持し、選挙後に国民の自尊心を一定程度満たす形で紛争を着地させるだろう。正直なところ、そうなってほしいと願っている。
だが楽観はできない。前線では銃撃戦が行われ、双方に死傷者が出ている。現場が熱くなっている以上、政治的な計算通りに事が進む保証はどこにもない。タイ軍が政府の統制下にないという問題も依然として残る。
タイ側にも重い経済的ダメージ
この紛争はタイ自身にも深刻な経済的打撃を与えている。
タイの東北部(イサーン地方)の農業・工業地帯では、安価な労働力としてカンボジア人が大量に雇用されていた。ピーク時にはタイ国内で約120万人のカンボジア人が働いていた(出典元:https://www.bangkokpost.com)され、紛争を受けてその大半がカンボジアに帰国した。タイの農場では収穫ができない、工場が稼働できないという事態が起きている。
タイ商工会議所大学(UTCC)の試算(出典元:タイ・カンボジア国境検問所の開門時間が短縮、日系企業のビジネスに影響)では、国境封鎖が1年続いた場合、タイのGDPを1%近く押し下げるとされている。タイ政府はラオスやミャンマーから代替の労働力を集めようとしているが、100万人単位の穴を短期間で埋めるのは現実的に難しい。
日系企業が押さえておくべき5つの視点
カンボジアへの進出を検討している日本企業にとって、この紛争をどう捉えるべきか。現地の状況を踏まえて、以下の視点を共有しておきたい。
1. プノンペンや主要都市の日常生活に紛争の影響はほぼない。「カンボジア全土が危険」というイメージは実態と大きくかけ離れている。
2. タイ国境付近の製造拠点にはリスクが顕在化している。タイとの陸路物流に依存するビジネスモデルは、現時点では大きな制約を受けている。ただし、これは国境付近の工場に限定された話でもある。
3. この紛争は構造的にタイの内政に起因している。カンボジア側の外交姿勢や対日関係が悪化しているわけではない。紛争の行方はタイ国内の選挙と政治力学に左右される。
4. 中長期では悲観一辺倒にはならない。タイ側にも大きな経済損失が生じており、紛争を長引かせる合理性は双方にとって薄れていく。2026年2月の選挙が一つの転換点になる可能性は高い。
5. 「平時」に戻った後のカンボジアの基礎的な魅力は、この紛争で失われるものではない。年4〜5%のGDP成長率、ほぼ全業種で外国人100%出資が可能な制度、米ドル経済圏、世界トップクラスのデジタル金融インフラ。これらの構造的優位性は紛争の前も後も変わらない。
構造はわかった。次は「自社の場合」を整理する番だ。
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